裁判員制度はお互いに徒労に終わる制度

■<裁判員裁判>初の死刑破棄確定へ…「市民参加」何のため
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150204-00000114-mai-soci

個別の事件を取り上げて検証するつもりはないです。

ただ、いくつかニュースで聞き及ぶところ、裁判員の裁定と裁判官との感覚や経験に齟齬があって納得のいく結果にはなっていないと言えます。

結局裁判官が修正してしまうなら、市民の貴重な時間を奪ってまで行うこの制度は、何の意味も見出せません。残念です。

最高裁判所裁判官については、この前の衆議院議員選挙で国民審査によって一応の国民の意思表示が可能となっていますが、議員候補ばかり意識がいくあまり注目されません。

しかし、最近ではあまりにも偏った思想を持っているのでは?と疑いのある人物が任命されているとの情報もネット社会のおかげで、少しは考える機会がありました。

記事引用======================
「裁判員裁判の死刑判決は全国で22件。うち今回の2件を含む計3件が控訴審で無期懲役に減刑された。残り1件は長野市一家3人殺害事件の被告で、2審は共犯者に比べて「関与が限定的」と指摘。検察が上告を見送ったため死刑には覆らない。3件は東京高裁の同じ裁判長が担当した。」
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先例とのバランスを保つと言いますが、それこそ法令に詳しい人間に限る職能と言わざる負えません。

言動不一致です。

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